レイチェル達の寝室には、壁掛けカレンダーが飾ってある。パメラがマグルの雑貨屋で買って来た、可愛らしい子猫の写真のカレンダーだ。勿論マグル製品なので動かないししゃべらない。
去年はエリザベスがダイアゴン横丁で買って来たカレンダーを飾っていた。しかし、カレンダーに「もうすぐ試験よ!」だの「宿題はしなくていいの?提出期限よ!」だのと叫ばれるのは鬱陶しいとパメラが主張したので────「そう言うのは自分の手帳だけでやってよ! うるさいったらないわ!」「皆同じ課題が出ているんですもの。便利だと思うわ」「じゃあ来年からはいらないわよね! 選択科目で皆バラバラになるんだから!」────妥協案として日付だけでもわかるようマグル製品のカレンダーを飾ることになったのだ。

「月が終わるごとにページを捲らなければならないなんて、マグルのカレンダーって手間がかかるのね」

魔法使い向けのカレンダーは何もしなくても勝手に日付が変わるし、ペンで書き込む必要もない。カレンダーに向かって予定を言うだけで覚えておいてくれて、その日が近づくと教えてくれるからだ。
エリザベスが壁からカレンダーを取り外しながら上品な溜息を吐くのを見て、レイチェルは昨日で9月が終わってしまっていたことを知った。どうやら、ホグワーツに来てからもう1ヶ月が過ぎてしまったらしい。
忙しくてすっかり忘れていたけれど、おばさん達は心配しているかもしれない。レイチェルは手紙を書くことにした。

親愛なるおじさん、おばさんへ

お元気ですか? 私とセドは元気です。
選択科目が増えた分宿題も増えて大変だけれど、毎日とても忙しくて充実しています。
セドはクィディッチの練習ですごく忙しそうです。1度練習を見に行きましたが、また夏休みよりも上手くなっていました。すっかり新しい箒に慣れたみたいです。おじさん達に、セドの飛びっぷりを見せられないのは残念です。今はまだ練習期間だけど、クィディッチのシーズンになったらシーカーとして活躍しているセドの写真を撮って送ります。遠くからセドを応援してあげてください。私も、レイブンクロー戦以外はセドを応援するつもりです。
私の方は、ハーマイオニーと言う1年生の女の子と仲良くなりました。グリフィンドール生で、年下だけれどものすごく頭が良くて、私の方が教えられることも多いです。彼女の質問は私がまだ習っていないところも聞いてきたりするので、勉強会はいつもハラハラします。だって、あんまり答えられなかったら勉強会の意味がないと思われてしまうかもしれないもの。上級生の威厳を保とうと、一生懸命予習しています。今年はもしかしたら成績が上がるかもしれません。
新しく始まった魔法生物飼育学は、本でしか見たことのない魔法生物と実際に触れ合えるので面白いです。今はユニコーンについて勉強しています。まだ子供だったから人懐こくて可愛かったです。毛並みがサラサラのふわふわでキラキラ銀色に光っていて、本当に綺麗な生き物だと感動しました。おじさんが今の仕事に就いた理由がわかる気がします。セドも一緒に授業を受けていますが、ユニコーンは男の子を怖がるからと、後ろの方で見ているだけだったので残念そうでした。
ルーン文字はまだ楽しさがよくわからないけれど、マグル学はすごく楽しいです。新任のチャリティ・バーベッジ教授はホグワーツに来るまでの5年間、マグルに混ざって暮らしていたらしく、マグルについて何でも知っています。しかもすごく説明が上手なので、今までパメラに聞いてもよくわからなかったことがわかるようになりました。今では電気を使った道具の名前と、その使用する目的を20個言えます。手紙じゃ足りないので、クリスマス休暇に帰ったらおじさんとおばさんにも話しますね。マグルの道具って、魔法よりよっぽど魔法みたい。この紙と封筒もマグルのものです。授業はとても楽しいのですが、セドと2人で受けているので並んで座っているとウィーズリーの双子がからかってくるのが困ります。それさえなければ本当に、最高の授業です。
そんなわけで、私は楽しく過ごしています。パメラとエリザベスとも相変わらず仲良しです。ホグワーツにもすっかり慣れたから、この間は迷子の1年生に道を教えてあげることもできました。去年は聞かれても答えられないことがあったから、だいぶ進歩です。
セドは誰にでも親切なので、色々な寮の1年生に慕われています。ハンサムだから、特に女の子から人気があるみたい。もっとも、本人はそのことに気づいてないみたいだけれど。
肌寒くなってきたので、風邪を引かないように気をつけてください。また手紙を送ります。

追伸:ママがおばさんに迷惑をかけていないか心配です。いつものことながらごめんなさい。

愛をこめて レイチェル

これでよし、とレイチェルは一度羽根ペンを置いた。パメラがくれたマグルのレターセットは羊皮紙と違ってかさばらないし、色もデザインも可愛らしいのでおばさんも喜んでくれるだろう。書き終えた手紙を封筒に入れると、もう一度羽根ペンを持つ。
さて、とレイチェルは白紙のレターセットに向き直った。まだ、もう1通書かなければならない。

親愛なるママへ

生きてますか? 日刊預言者新聞でママの本が発売されたと言う記事を読みました。マダム・ピンスが図書室に入荷してくれたので読んでみたけれど、面白かったです。パメラは装丁が素敵だと褒めていたし、エリザベスは早く続きが読みたいと言っていました。ケンタウルスとの謎かけのシーンが特に気に入ったみたいです。
私はパメラやエリザベス、セドと楽しくやっています。それに、ハーマイオニーと言うとても賢い年下の友人(寮はグリフィンドールです)ができました。今年は選択授業が始まって、中でもマグル学はとても楽しいです。
寒くなったので、体に気をつけて。また手紙を送ります。

追伸:サンドイッチばかりじゃなくちゃんと栄養のあるものも食べてください。

愛をこめて レイチェル

何かが間違っていることはレイチェルにもわかっている。とりあえず同じ決まり文句で締め括ってみたけれど、どちらに愛がこもっているのかは明白であると言うことも。主に、内容と分量の点から。
びっしり文字で埋まっているディゴリー夫妻への手紙と比べて、母親への手紙は下の部分が大きく余っている。内容も後半に至ってはただのおじさん達への手紙の要約だ。
でも、と思い直す。母親はどうせまた原稿の〆切に追われているだろうから、出版社からの催促の手紙がたくさん届いているだろうし、新刊が出たばかりなので感想のファンレターもそろそろ届きはじめる頃だ。レイチェルの手紙はその山に紛れて、母親が読むのはずっと後になるだろう。
それに、13歳にもなって学校でどうしたこうしたと全部母親に教えるって何だか照れくさい。
レイチェルの成長に興味がないわけではないらしいけれど、特に聞いてこないのでレイチェルも自分からペラペラ喋ったりもしない。まあ、その代わりにおばさんが色々と聞きたがるので、結局おばさんが母親に伝えてしまってレイチェルの学校生活のことは大体知っているようだけれど。
これでいいかと封をして、レイチェルはふくろう小屋へと向かった。

 

 

「あなた、手紙をお願いしてもいい?」

ふくろう小屋には100羽を超えるふくろうが飼われている。どのふくろうにしようか迷ったけれど、レイチェルは賢そうなワシミミズクを選んで話しかけた。ホグワーツには森ふくろうが多いから、ワシミミズクは珍しくて目を引いたのだ。ハグリッドがどこかから連れて来たのだろうか。とても綺麗な羽をしている。
機嫌を損ねないようにできるだけ丁寧に頼んだつもりだったけれど、ワシミミズクはプイと顔を背けてしまった。

「それは僕の家のペットだ」

どうしたものかとレイチェルが困っていると、背後から気取った声が響いた。驚いて振り向くと、プラチナブロンドを綺麗に後ろへと撫でつけた少年が憮然とした表情で立っている。知らない顔だ。制服がまだ真新しいし、レイチェルよりも小柄なので、1年生だろう。

「ああ、そうだったのね。ごめんなさい。わからなくて」

レイチェルは素直に謝罪して、ワシミミズクの前から退いた。個人のペットふくろうならば、飼い主以外の言うことを聞かないのは当然だし、勝手に手紙をお願いするのは失礼だ。
少年がレイチェルを無視してワシミミズクの足に手紙を括りつけはじめたので少しムッとしたが、すぐにその襟元を見て納得した。ネクタイの色は緑。スリザリン生だ。

「純血かどうか確認できないと会話しちゃいけないって言うのなら、このまま行かせてもらうわ。一応両親も祖父母も魔法使いだけど、家系図を何百年も遡れるほど名家じゃないから」

家系図と魔法省での記録の上では、レイチェルは純血だ。でも、エリザベスのような名家の生まれじゃない。わざわざ確かめたことはないけれど、もしかしたら先祖の誰かにはマグルが居るかもしれない。そんな皮肉をこめて少年に微笑みかける。1年生相手に大人げないかとも思ったけれど、少年の態度だって大概失礼だ。

「その顔……に、レイブンクロー……」

少年は黙ってレイチェルの言葉を聞いていたが、レイチェルの顔を見て何かに思い当たったらしかった。
どこかで会ったことがあっただろうかと、レイチェルは首を傾げる。こんなに綺麗なプラチナブロンドなんて、1度会ったらきっと忘れないはずだ。

「ロザリンド・アンチゴーネ・バングズの娘か?」
「……それはペンネーム。今の姓はグラントよ」

なるほど、とレイチェルは納得した。レイチェルの母親は雑誌なんかに写真が載ることがある。ついこの間も、日刊預言者新聞に新刊の紹介が出たばかりだ。髪や瞳の色こそ違うが、レイチェルの顔は母親にそっくりだ。
それにしても、とレイチェルは思う。いつも新聞なんかではR・A・Bとイニシャルで表記されることが多い母親のペンネームをこうもすらすら言えるなんて珍しい。

「ママの本読んでくれてるの?」
「違う。母上がファンなんだ」

少年は素っ気なく答えたが、何にしろ母親の本を購入してくれたことには違いない。この少年の母親と言うことは、たぶんお金持ちの────つまりとてもプライドが高くて、そしてとても目が肥えている────貴婦人が母親の本のファンであることに、レイチェルは嬉しくなってニッコリした。

「そうなの。じゃあ、お母様によろしくね。その手紙、お家にでしょ?」
「ああ……週に1度は手紙を寄こせと言われてるんだ」
「そんなに?」

レイチェルも1年生の頃は今よりもマメに手紙を書いていたけれど、それだってディゴリー夫妻にすら2週間に1回だけだった。母親には1ヶ月に1回だ。それだって少し遅れたところで返事で文句を言われたことはなかったし、ましてや手紙を催促されたことなんて1度もない。

「大事にされてるのね」
「は?」
「うち、放任なの。昔から。手紙を送らなくても、別に気にしてないみたいだし」

愛されていないなんて思ったことはないが、特別愛されていると感じたこともなかった。誰もが想像する母親のお手本のようなおばさんが居たから、寂しいと思ったこともない。けれど、レイチェルと母親の関係は、セドリックとおばさんの関係に比べれば随分と希薄であっさりしているように思えた。レイチェルがそう言うと、少年は不思議そうな顔をした。

「子供のことが気にならない母親なんて居ないだろう」
「……ええ。ええ、そうよね……」

レイチェルは返す言葉が見つからず俯いた。当たり前のことだと言いたげな口調は、レイチェルの胸をちくりと刺した。
そうかもしれない。あれこれ全部母親に伝えることなんかより、催促されないから楽しみにしていないのだと決めつけて、手紙を送らなくてもいいと拗ねる方がよっぽど子供っぽかったかもしれない。レイチェルは恥ずかしくなった。

「じゃあな。僕は行く」
「あ……」

もう用はないとばかりにさっさと去っていった少年の背中を、レイチェルは呆然と見送っていた。
子供のことが気にならない母親なんて居ない。その通りだ。だってレイチェルの母親だって、おばさんがレイチェルの話を話すのをちゃんと聞いていたじゃないか。レイチェルが出掛ける時は、気をつけるのよと言ってくれるじゃないか。
早く手紙を寄こせとばかりに足を付き出してきたふくろうに、レイチェルはディゴリー夫妻への手紙だけをくくりつけた。空へと飛び上がったふくろうが遠ざかって小さな茶色の点になったのを見届けて、レイチェルは部屋へと引き返した。母親への手紙を書き直すためだ。

 

 

何を書こうかとウンウン唸りながら、レイチェルは一晩かけてどうにかこうにか手紙を書き上げることができた。翌朝またふくろう小屋に行って手紙を出すと、レイチェルにとって意外なことが起こった。まあ、そんなに大げさに騒ぐようなことではないものの、繰り返すとレイチェルにとっては大事件だった。なんと、母親からの返事は1日早く出したディゴリー夫妻からとほぼ同時に届いたのだ。

「あのね、セド。一昨日、ママに手紙を出したの」
「おばさんに?」
「そうしたら、もう返事が来て……」

〆切前のはずなのに、わざわざレイチェルからの手紙を読んでくれたのだろうか。手紙の山の中から、レイチェルの手紙を見つけてくれたのだろうか。原稿を書く手を止めて、レイチェルへの返事を書いてくれたのだろうか。
それはレイチェルにとって、とても意味のあることに思えた。自分が思っていたよりずっと、母親はレイチェルのことを気にしてくれていたのだ。もっとこまめに、ちゃんと手紙を出すべきだったとレイチェルは反省した。

「よかったじゃないか、レイチェル
「……うん」

自分のことのように喜んでくれるセドリックに、素直に頷く。母親からの返事はディゴリー夫妻からの返事に比べれば短かったし、素っ気ないようにも見えたけれど、レイチェルには満足だった。レイチェルは、あの少年の言葉に感謝した。
そう言えば名前を聞き忘れたことに気がついたけれど、プラチナブロンドでオールバックのスリザリンの1年生なんて、そう何人も居るとは思えない。誰かに聞けばすぐにわかるだろう。その考えは正しく、ハーマイオニーに聞いてみたらすぐにわかった。

レイチェル、あなたマルフォイに会ったの? 何か嫌なこと言われなかった!?」
「いえ、別に……」
「そう? ならいいけど……」

どうやらあの少年は、ドラコ・マルフォイと言って、スリザリンの1年生の中ではリーダー的な存在らしい。疑い深くレイチェルを見るハーマイオニーに、レイチェルは驚いた。
マルフォイって本当に嫌な奴なのよ────ブツブツ言うハーマイオニーは相当彼と不仲らしい。おそらく、その原因は彼女がグリフィンドール生で、しかもスリザリン生の嫌いなマグル生まれであることが原因だろうとレイチェルは何となく想像がついた。
そんなに嫌な奴なのだろうか。少なくとも、レイチェルの目にはすごく家族想いな子に見えたのだけれど。
今度会ったら、お礼を言おう。母親の本のファンだと言う彼の母親についても聞いてみたい。

噂って、意外とあてにならなかったりする。ちゃんと自分の目で確かめなければわからない。
もしかしたらドラコ・マルフォイは、レイチェルのいい話相手になってくれるかもしれない。

愛をこめて?

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