レイチェルは図書室が好きだ。正しくは、図書室で本を読むことが好きだ。
暇さえあれば図書室に入り浸っているレイチェルはレイブンクローのネクタイのせいもあって、いかにも「真面目で勉強好きな女子生徒」に見えるらしい。けれど、実のところ興味のある本を読み漁っているだけで、そんなに勉強はしていない。課題に必要な調べ物をする時も勿論あるけれど、それが終わったらまた関係の無い本を読んでいる。それが思いがけず授業で役立つこともあるので、そう無意味なことではないとレイチェルは思っていた。10冊に1冊くらいの割合でしか役立っていないことには目をつぶることにしている。レイチェルにとっては、その本の知識が役立つかどうかよりも、読んでいて面白いかの方が重要なのだ。
セドリックも本が好きなので、よくレイチェルと一緒に図書室に居るけれど、クィディッチの練習なんかもあるのでレイチェルほど頻繁ではない。それでも大体週2回くらいは一緒に本を読んだりレポートを書いたりしている。大広間は寮ごとに分かれて座る決まりになっているし、合同授業だってそんなに好き勝手おしゃべりするわけにはいかない。司書のマダム・ピンスは常連のレイチェルを気に入ってくれているらしく────たぶん、折角仕入れたのに誰も借りないような本をレイチェルが根こそぎ借りていくからだろう────多少のおしゃべりなら見逃してくれる。2人はそこで色々なことを話すことが多かった。

「あら、ミス・グラント。久しぶりですね。待っていましたよ」
「こんにちは、マダム・ピンス」

土曜日になると、レイチェルはようやく図書室に足を運ぶことができた。最初の1週間は急に増えた課題や新しい科目にクタクタで、それどころではなかったのだ。マダム・ピンスがレイチェルが好きだろうと勧めてくれた本を棚から取り出すと、レイチェルは窓際のお気に入りの席へと座った。まだ新学期が始まったばかりの上、休日にわざわざ図書室に来る生徒はそんなに居ない。レイチェルは自分が図書室の一角をひとりじめしているような気分で、ゆったりと椅子に腰かけた。
1時間ほどそうしていただろうか。ふとレイチェルが顔を上げると、視線の先で小柄な女の子が高い棚の本を取ろうと背伸びをしていた。どうやら、あとちょっとのところで届かないらしい。レイチェルは椅子から立ち上がると、その少女の代わりに本を棚から引き抜いた。

「この本で大丈夫?」
「あ……それです。ありがとう」

戸惑ったようにお礼を言う彼女の言葉を聞きながら、レイチェルは手に取った本を見下ろした。『魔法薬の神秘~小瓶に詰める宇宙~』と書かれた古い本は、レイチェルでも知っている魔法薬学の名著だ。ただ、名著にありがちなことにかなり難しいせいで、去年読もうとチャレンジしたパメラが途中で挫折していた。レイチェルは何とか読むことが出来たけれど、あまり面白いとは思えなかった。とにかく言い回しが回りくどいし、専門的すぎるから。表紙を眺めながらそんなことを思い出していると、女の子が「あっ」と驚いたように声を上げた。

「貴方、ホグワーツ特急で制服に着替えた方がいいって教えてくれた人ね!」

レイチェルが顔を上げると、そこにはレイチェルも知っている顔があった。ホグワーツ特急の中でレイチェル達のコンパートメントを訪ねて来た────レイブンクローに入ってくれればいいなと思っていたのに、グリフィンドールに組み分けられた、あの栗色の髪の女の子だ。レイチェルは必死で頭を回転させて、どうにか組分けの時に聞いた名前を記憶から引っ張り出した。

「ハーマイオニー・グレンジャー……だっけ。合ってる?」
「ええ。えっと、貴方は……?」
レイチェルよ。レイチェルグラント。レイブンクローの3年生」

そう言えば、あの時はまだ制服に着替える前だった。ハーマイオニーにはレイチェルの名前どころか学年も、どこの寮かすらわからなかっただろう。レイチェルが本を渡すと、ハーマイオニーはもう一度ありがとうとニッコリ笑ってくれた。

「レイブンクローだったんですね。フレッドやジョージと一緒だったのを覚えていたから3年生かしらとは思ったんだけれど、どこの寮かはわからなくて」

どうやらハーマイオニーもまたレイチェルに会いたいと思っていてくれたらしい。レイチェルも思わず頬を綻ばせた。汽車で会った時の印象通り、とてもしっかりしていて、感じのいい子のようだ。
そう言えば、探していたヒキガエルは見つかったのだろうか? もしもスネイプ教授にでも見つかっていたら、魔法薬の材料にされていてもおかしくない。想像すると不安になったので、レイチェルはその件に関しては触れないことにした。代わりに、ハーマイオニーの持っている本について聞いてみることにする。

「それ、宿題? スネイプ教授ったら1年生に随分無茶な課題出すのね」

さっき手にしたときも思ったけれど、入学したばかりの1年生が読むには随分と難しい本だ。これが宿題なのだとしたら、スネイプ教授の……何と言うか、陰険さはレイチェル達が1年生だった時よりもますますパワーアップしている。もしかして、グリフィンドール生だから特別待遇なのだろうか……? スネイプ教授の逆グリフィンドール贔屓は有名だ。とは言っても、レイブンクローの魔法薬学はハッフルパフと合同なので、レイチェルは実際に目にしたことはないのだけれど。双子のウィーズリーはよく怒られているけれど、あれはグリフィンドールだからとかスネイプ教授だからと言うより、あんな風に悪戯のターゲットにされたら大抵の人は怒るだろう。

「あ、違うんです……」

レイチェルのそんな疑問に、ハーマイオニーは首を横に振った。宿題ではないと言うのなら、魔法薬学に興味があるのだろうか。だとしたら、この本はあまりお勧めできない。もっと初心者向けで、わかりやすい本が図書室にはたくさんある。こんな本を最初に読んだら、魔法薬学自体を嫌いになってしまってもおかしくない。

「授業ではまだやっていないところなんだけれど、教科書を読んでいたら気になったことがあって……この本に答えが載ってるかもしれないってパーシーが教えてくれたから、調べに来たんです」

どうしてこの子、レイブンクローに組み分けられなかったのかしら。レイチェルはそう思った。
レイチェルのように図書室に来るのが趣味ならばともかく、休日の午前中から図書室に来て勉強しようなんて思うのは、OWLやNEWTの学年くらいだ。それだって、まだ1年が始まったばかりのこんな時期には中々居ない。
レイチェルだって1年生の最初の休日は、パメラやエリザベスと一緒にホグワーツ探検をした。それなのに、図書室!相当、かなり、すごく────勉強熱心なのは間違いないけれど、やっぱりその本は1年生には難しい。あのセドリックですら、難しいと頭を抱えていたくらいなのだ。
レイチェルの好きな魔法薬学を、まだほとんど調合もしていない内から嫌いになられてしまうのは寂しい。そう考えて、レイチェルはある提案を口にした。

「私でよかったら、教えましょうか。魔法薬学は割と得意なの」
「え……でも……」

いきなりこんなことを言われても迷惑だろうかと思ったけれど、その表情を見る限りはハーマイオニーは戸惑っているだけのようだ。遠慮だとしたら、そんな必要はない。今日だって元々図書室でたっぷり本を読むつもりだったから、特に予定もないのだ。大丈夫と口で言う代わりに、レイチェルはニッコリ笑顔を浮かべてみせた。

「寮も違うし、友達になりましょ。そんなにかしこまらなくていいわ」

レイチェルがそう言って手を差し出すと、ハーマイオニーもはにかみながら握り返してくれた。折角だからノートを取って来ると寮へ引き返したハーマイオニーが戻って来るのを待って、レイチェルが先生役の勉強会は開始された。
ハーマイオニーはハキハキとよく喋り、理解も早い。一を聞いて十を知る生徒に、レイチェルも教えがいを感じてやる気を刺激された。日が暮れるまで会話は尽きることなく、レイチェル達は有意義で楽しい時間を過ごした。夕食の時間が来てしまったのでお別れしたけれど、その時にハーマイオニーの方からまた会いたいと言ってくれたので、レイチェルは喜んで了承した。
こうして、レイチェルは新しい年下の友人を得た。そして2度目の逢瀬を終えたのが、つい昨日のことである。

 

 

「ね、セド。私ね。この間ここで、1年生の可愛い女の子と仲良くなったの」

ホグワーツの中でも高い所にある図書室からは、夕焼けが綺麗に見える。ぼんやりと頬杖をついて窓の外を眺めながら、レイチェルは呟いた。言葉とは不釣り合いに浮かない表情のせいか、魔法史のレポートから顔を上げたセドリックが不思議そうな顔をする。

「よかったじゃないか。レイブンクローの子?」
「ううん、グリフィンドール」

新しい友人が増えると言うのは素敵なことだ。けれどハーマイオニーとの友情に関しては、手放しに喜べない事情があった。手元の本に書かれた複雑な魔法理論の図解に嫌気がさしたレイチェルは、広げた羊皮紙の上へと突っ伏した。

「まだ1年生なのにすっごく頭がいいのよ……質問が高度なのよ……! もう1年生の基本呪文集に載ってる呪文はほとんどできるって……! しかも私がレイブンクロー生だから、すっごく優秀に違いないと思われているみたいなの……! どうしよう……!」
「それは……大変だね……でも、仲良くなれたんならよかったじゃないか」
「うん……」

苦笑して励ましてくれるセドリックに、レイチェルはこくりと頷いた。
1年生ならば大丈夫だろうと軽い気持ちで勉強を見てあげると言ってしまったけれど、実はとんでもなく難易度が高いと言うことがわかってきた。普通の1年生ならば大丈夫だっただろう。ハーマイオニーは普通じゃない。ちっとも大丈夫じゃない。
ハーマイオニーとは、毎週金曜日の放課後に会おうと約束した。レイチェルも少し予習の時間が欲しかったからだ。ハーマイオニーとの会話は楽しいけれど、そのほとんどが勉強についてなので、毎日会ってたらレイチェルの頭がパンクしてしまう。中にはレイチェルがまだ知らないような魔法についても聞かれることもあるのだ。
見栄を張らなければいいだけの話かもしれない。でも、いくらハーマイオニーが優秀とは言え、下級生の質問に「わからない」「まだ習ってない」を連発するのはあまりにも不甲斐ない。素敵な先輩として、ハーマイオニーに役立つような本を勧めてあげたい。上級生なのにこの程度なのか、なんてガッカリされたくない。レイチェルはつまらなくても役に立つ本も読もう、と決意した。

「ねえ見てこれ、グリンゴッツに泥棒が入ったんだって……って、どうしたのレイチェル、そんな小難しい本読んじゃって。珍しい」
「自分でもどうしてだろうって思うわパメラ……ねえエリザベス、インセンディオとラカーナム・インフラマーレイではどうして炎の色が違うのか知ってる?」
「わからないわ……そんなこと、気にしたこともないですもの」
「やっぱりそうよね……」

ガックリとテーブルに突っ伏すと、パメラが蛙チョコレートで労ってくれたのでレイチェルはありがたくそれを口に含んだ。疲れた脳みそにチョコレートの甘さが浸透していく。マグル生まれだからなのか、ハーマイオニーの疑問はレイチェルとは着眼点が違うことが多い。困ったことに、教科書に載っていないのだ。もっとも、教科書を丸暗記する勢いで読みこんでいるハーマイオニーが、教科書にホイホイ答えが書いてあるような質問をレイチェルにするわけがないのだけれど。
勉強熱心だと胸を張ることはできないけれど、レイチェルは知性を誇りとするレイブンクロー寮生として恥ずかしくない程度に、そして同級生の足を引っ張らないようきちんと勉強しているつもりだ。セドリックには負けるけれど、そこそこ成績もいい。つまり、レイチェルがダメなんじゃなく、ハーマイオニーが優秀すぎるのだ。

「フリットウィック教授に聞いて来る……」
レイチェルがガリ勉になっちゃった。まるでレイブンクロー生みたい!」
レイチェルも貴方も最初からレイブンクロー生よ、パメラ」

フラフラと立ち上がって教職員テーブルに向かうレイチェルの背中に、そんな声が聞こえてきた。別に、ハーマイオニーのためだけにやっているわけじゃない。パメラが言うみたいに、いきなりガリ勉になったわけでもない。
レイチェルは元々本が好きだ。新しい知識を得るのも好きだ。ただ、その知識の意義や有用性なんかを問わないだけで。そう言う意味で、ハーマイオニーとの会話はとても楽しいし、ためになる。説明が上手なハーマイオニーのおかげで、レイチェルのマグルについての理解は大分深まった。レイチェルはホグワーツの教科や魔法界について、ハーマイオニーはマグル文化について。お互いに、知らない知識を共有することができる。

質問の高度さには苦戦させられるが、ハーマイオニーと言う年下の友達ができて、レイチェルはとても嬉しい。

図書室の友情

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