昼食が済んで一休みすると、皆でダイアゴン横丁に出掛けることになった。当然、レイチェルの分の学用品を買うためにはお金が必要だ。おばさんが用意してくれたサンドイッチを持って行った時にドア越しに母親にそう伝えると、青白い手だけがゴーストのようにスーッと出て来て小さな金色の鍵が渡された。レイチェル名義のグリンゴッツの金庫の鍵だ。
好きなだけ引き出していらっしゃい。付け加えられた言葉に、レイチェルは思わず苦笑した。もしもレイチェルが何か好き勝手に高価な宝石だとか希少な魔法グッズなんかを買って来たらどうするのだろうか。まあそんなことをしようとすれば、きっとおばさんかおじさんのどちらかがレイチェルを止めるか叱るかするだろうけれど。言ってることもやってることも、実の両親よりも二人の方がよっぽど親らしいとレイチェルは思う。
両親は勿論好きだし、母親の書く物語も好きだ。けれど、少々ネグレクト気味であると言うのは厳然たる事実なので、おじさんやおばさんが居なければ素直にそう言えたかわからない。

「仮にも夢を売る仕事があんなのでいいのかしら。たぶんもう3日も部屋から出てないわよ」
「疲れてるんだよ、きっと。雑誌に出てる時のおばさんはすごく素敵じゃないか」
「身内だからって言うのを抜きにしても、あれは詐欺だと思うわ……ダイアゴン横丁!」

ぶつぶつと不平を言いながら、レイチェルは煙突飛行粉をひとつまみ取って暖炉の中に投げ込む。勢いを増したエメラルドグリーンの炎に飛び込んで目的地を唱えると、ぐるぐるとコマのように視界が回った。ポイッと漏れ鍋の埃っぽい床に放り出されたレイチェルは、スカートの裾を払いながらきょろきょろと周囲を見回す。まだ7月の終わりだから、手紙が届いていない生徒も多いのだろう。店に居るのは大人の魔法使いばかりで、ホグワーツ生の姿はあまりない。通りに出てもやはり同じで、賑わってはいるけれど生徒達が買い物に行くような店はどこも比較的空いているようだった。ゆっくり買い物ができるわね、と満足そうなおばさんの後ろを歩きながら、レイチェルはセドリックを振り向く。

「そう言えばセド、誕生日プレゼントはどうするの? 今日買ってもらうの?」

セドリックは新学期が始まってすぐに14歳になる。3年生になるレイチェル達は今年からホグズミードに行くことができるから、レイチェルはそこで何か買おうと思っていたが、セドリックの両親はそうはいかないだろう。夏休みの間に買ってもらうか、誕生日にふくろう便で届けるかのどちらかだ。そう思ってレイチェルが尋ねると、セドリックは頬を紅潮させてウキウキした口調で答えた。

「父さんが箒を買ってくれるって! レイチェルには内緒にしてたけど、今年から僕、シーカーになるんだよ!」
「え、すごい! 何にするの?」
「迷ってるんだ。ニンバスも魅力的だけど、今使ってるのはクリーンスイープだから慣れてるし……レイチェルにも一緒に選んでもらえたらと思って」

曰く。レイチェルも知っている通り、セドリックは去年からハッフルパフのクィディッチのチームに所属していて、チェイサーのポジションについていた。それが今年、シーカーだった7年生が卒業してしまったので、チームの中で一番飛ぶのが速いセドリックにシーカーをやってみないかと話が回ってきたらしい。お祝いと誕生日プレゼントを兼ねて、箒を買ってもらえることになったのだと笑顔を浮かべるセドリックに、レイチェルも自分のことのように嬉しくなった。レイチェルはクィディッチにも箒にもセドリックほど情熱はないが、セドリックの箒となれば話は別だ。セドリックは今すぐにでも箒を見に行きたそうだったけれど、箒は嵩張るから最後にしようとおじさんから言われているらしい。

「じゃあレイチェル、また後で会いましょう。気をつけてね。夜の闇横丁には絶対行っちゃダメよ」
「わかってるわ、おばさん」

グリンゴッツ、文具店、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店と順番に回って行って、レイチェルは新学期に向けての学用品を揃えることができた。けれど、セドリックとおばさんは制服を作り直しにいかなければならない。おじさんも仕事の関係で必要な物があるらしく、レイチェルはしばらくの間一人でダイアゴン横丁を散策していいことになった。
ダイアゴン横丁には何度も来ているけれど、1人きりで回れる機会は貴重だ。いつもはもっと混んでいるから必要な物を買っているだけで時間がなくなってしまう。今日は間違いなく、絶好のウインドウショッピング日和だ。
メインストリートから1本外れるとたくさん露店が出ているし、お菓子屋さんやレイチェルくらいの年頃の女の子向けの可愛らしい雑貨屋さんや、アンティークショップだってある。本屋に戻って何か面白い本を探してみてもいい。レイチェルは本が好きだ。いい機会だから、行ったことのない裏路地を散策してみるのもいいかもしれない。
どこから回ろうかと考えていると、ふと薬問屋の前で少年が1人立っていることに気づいた。

「……迷子?」

ぽつりと呟いて、レイチェルはじっと少年を観察する。心細そうに立っている少年は、クシャクシャの黒髪に丸眼鏡をかけていて、サイズの合わないぶかぶかのTシャツとジーンズを着ていた。小柄だし痩せているけれど、たぶんそれだけが理由ではないだろう。セドリックが着たとしても、きっとあの服は大きすぎるだろうとレイチェルは思った。
魔法使いにありがちな間違ったマグルの変装だろうか? でも、紫色のローブを着た魔女が歩いているのを物珍しそうに眺めているところを見ると、どうやら魔法使いが珍しいらしい。もしかしたら、ダイアゴン横丁に来ること自体初めてなのかもしれない。そして魔法薬学用の大鍋を抱えているところを見ると、ホグワーツの新入生だと考えて間違いないだろう。見たところ、年齢もちょうどそれくらいだし。レイチェルはしばらくの間そうして様子を見ていたけれど、やっぱり少年の保護者らしき大人は見当たらなかった。
つまりレイチェルの推測を総合すると、少年はおそらくマグル生まれの魔法使いで、学用品を今日初めてダイアゴン横丁に来たけれど、一緒に来た誰かとはぐれてしまったと言うわけだ。だとすれば、一緒に探してあげた方がいいだろう。

「どうしたの?」
「え? あ……」

意を決して、レイチェルは少年に近寄って声をかけた。レイチェルはこう言うのがあまり得意な方じゃない。知らない人相手に話しかけるのは緊張してしまう。少年が戸惑ったようにレイチェルを見返す。セドリックならばもっとうまく話しかけられるのだろうと、レイチェルは幼馴染の不在を心の中で嘆いた。セドリックならば、レイチェルのように迷わずにすぐに手を差し伸べることができただろう。セドリックは息をするように他人に親切を働くことができる。

「その……さっきから一人で立ってるから、誰かとはぐれたのかと思って……」
「アー……僕、その……一緒に来た人にここで待ってろって言われて……」

レイチェルがそう言葉を続ければ、困った顔で少年がそう答えた。迷子だと言うのは勘違いだったらしいと、レイチェルは恥ずかしくなった。放っておけばよかった。余計なお世話だった。後悔がぐるぐると胸を渦巻く。慣れないことをしようとするとこれだ。レイチェルはやはりセドリックほど親切に向いていないらしい。

「そうなの。ごめんね、勘違いしちゃって」
「あ、いえ……どうもありがとう」

謝罪を口にすると、少年は照れたように笑い返してくれた。いい子だなあ、とレイチェルも微笑み返す。近くで見ると、ぶかぶかの服は誰かのお下がりらしく生地が伸びきってしまっていて、眼鏡もテープで固定してある。マグルはこう言う物の扱い方をするのだろうか? 不思議に思っていると、薄いガラス越しに少年の緑の瞳がじっと見つめてくるので、レイチェルは何か言わなければと慌てて言葉を探した。

「新入生なの? ダイアゴン横丁ははじめて?」
「はい。あなたもホグワーツの生徒なんですか?」
「ええ、そうよ。今日は空いてるからじっくり見るといいと思うわ。裏通りにも色々あって楽しいから。私も初めて来たときはすごくワクワクしたもの」

迷子だと思ったのは間違いだったけれど、マグル生まれの新入生らしいと言うレイチェルの推理は間違っていなかったらしい。だとすれば今日は、レイチェルのように煙突飛行粉ではなくマグルの地下鉄とやらでここへ来たのだろうか。少し気になったけれど、あまり長い間おしゃべりに付き合わせてしまうのは何だか申し訳ない。「じゃあね」と少年に手を振って、レイチェルは元来た道を戻ることにした。

「あの……あなたは、どこの寮なんですか?」
「レイブンクローよ。また会えるといいわね」

背中にかけられた少年の声に、振り返ってそう答える。そう、レイチェルはレイブンクローだ。マグル生まれの魔法使いはスリザリンには滅多に入らないから、確率は3分の1。もしかしたら、あの少年も同じ寮になるかもしれない。
歩きながら、少年の名前を聞き忘れたことに気がついた。が、ホグワーツの新入生の数はそう多くない。組分けのときに気を付けて見ていればわかるだろう。

 

 

レイチェル! 待たせてごめん」
「セド。制服作り終わったの?」
「うん。母さんがマダム・マルキンの店で友達に会ったんだよ。お茶するから、二人でぶらぶらしてていいって。箒店で待ち合わせだ。時間があるから、アイスクリームでも食べようか?」

レイチェルがお気に入りの雑貨屋さんで買い物をしていると、セドリックが一人でやって来た。素敵な提案に勿論反対するはずもなく、2人でフローリアン・フォーテスキュー・アイスパーラーへと向かうことになった。1番混む時間は過ぎてしまったからか、店はガランと空いていてお客はセドリックとレイチェルの2人きりだ。レイチェル達が入って来るや否や、フローリアンはパッと顔を輝かせた。誰かと話したくて仕方ないと言った様子だ。

「君達、ホグワーツの生徒さんだろ? さっきね、ハリー・ポッターがここに買い物に来たんだよ」
「えっ、あのハリー・ポッターが?」
「どうしてハリー・ポッターだってわかったの?」

素直に驚くセドリックとは反対に、レイチェルは首を傾げた。確かに、ハリー・ポッターだって新入生なのだからダイアゴン横丁に買い物にも来るだろう。けれどそれだけでは、ハリー・ポッターだなんてわからないはずだ。まさか、「自分は生き残った男の子」だと言って回ったり、額にあると言う稲妻型の傷を見せびらかしたりしながら歩いているのだろうか……? だとしたらずいぶん自意識過剰だ。レイチェルが思わず眉を寄せると、フローリアンはまさかと豪快に笑った。

「見ればすぐわかるさ。何せ父親にそっくりだ」

誇らしげにそう言い切るフローリアンに、レイチェルはセドリックと顔を見合わせた。ハリー・ポッターの外見と言えば、稲妻型の傷としかレイチェルとセドリックは知らない。けれどどうやら、それ以外にももう一つハリー・ポッターを判別する方法があるらしい。

「って言っても……」
「私達、ハリー・ポッターの父親の顔なんてわからないし……会っても言われないと気づけないと思うわ」
「結局、新学期が始まってからじゃないとわからないってことだね」

苦笑するセドリックに、レイチェルも肩を竦めた。おじさんやおばさんならば知っているかもしれないけれど、きっと学年は違うだろう。一緒に写真を撮るほど親しくはないはずだ。
待たせたお詫びにセドリックが奢ってくれると言うので、レイチェルはラズベリーとヨーグルトのアイスクリームを選んだ。フローリアンにはハリー・ポッターが選んだと言うピーナッツバターを熱心に勧められたけれど、レイチェルもセドリックも断った。

「それよりセド、箒どうするの?」
「そうだった。うーん、やっぱりクリーンスイープかなあ……」

テラスに置かれた椅子に座って、2人はようやく重い荷物を置くことができた。悩みはじめたセドリックの声を聞きながら、レイチェルはぼんやりとカップの中のアイスクリームをつつく。
町は夕暮れに染まり始めていて、石畳の熱は引いてきている。あとはセドリックの箒を買うだけだ。もう遅いから、夕食はきっと漏れ鍋で取ることになるのだろう。それにしても、とレイチェルは思う。
たかがアイスクリーム一つ買うにも大騒ぎなんて、英雄も大変だ。自分が望んで英雄になったわけじゃないのに。

レイチェルは目立つことが好きじゃない。自分のちょっとした行動が逐一他人に取り沙汰されるなんて想像しただけでもゾッとする。
セドリックが魔法界の英雄じゃなくてよかった、とレイチェルは小さく溜息を吐いた。

ダイアゴン横丁での出会い

top


    お返事が早いのはこちら ⇒ Wavebox