アップルパイが焼けたから、レイチェルを呼んで来てあげて。

クリスマス休暇も終わる頃。母親からそう頼まれたセドリックは、隣家であるグラント家へとやって来た。勝手知ったる何とやら、セドリックがいつものように玄関ドアを開けると、幼馴染の姿はすぐに見つかった────が、その様子はいつもと少しばかり違っていた。

「あっセド! ちょうどよかったわ、見て見て!」

リビングのカーペットへと座り込んだレイチェルが、セドリックを振り向く。その周囲には、女性ものの靴が入った箱が所狭しと並べられていた。薄紫色のエナメルのシンプルなハイヒール。ピンク色の山羊革で、爪先に大きなキラキラした飾りがたくさんあしらわれたもの。星屑を散りばめたように光る銀色のもの。鮮やかなレモンイエローに、海のような深い青。その数と種類は、今すぐにでもブティックが開けそうなほどだ。

「屋根裏を片付けてたら出て来たの!」

グラント家の屋根裏は物置だ。それも、かなりの広さがあることもあって、整頓と言う単語とはおよそ縁がない。よって、レイチェルの使っていた教科書からベビー用品、曽祖母の遺品の希少な魔法道具など、ありとあらゆる年代、価値のものが無秩序に堆積している。その中の比較的下層にあったと言うそれは、レイチェルの母親がこの家に住み始めてすぐ────つまり、ホグワーツを卒業して間もない頃のものらしい。

「ママに聞いてみたら、実際履いてみたら足に合わなかったものとか、履く機会がなかったものとからしいんだけど。何にしたってもう使わないから、私にくれるって!」

ニコニコ笑うレイチェルは嬉しそうだった。元々、レイチェルは女の子だからなのか、服や靴と言ったものが好きだ。床の上に置かれた靴はどれも新品同然に見えるし、レイチェルにとってみれば宝の山を発見したような気分なのだろう。が────セドリックは、重大な問題に気がついた。

「でもレイチェル……これ、レイチェルがいつも履いてるのよりだいぶ踵が高いよ」

レイチェルの母親のお古と言うだけあって、どれも女性用────つまり、大人が履く靴だ。目測だけれど、どれもこれもヒールが7センチ……いや、10センチくらいありそうに見える。デザインにしたって、まだ12歳のレイチェルが履くには大人っぽすぎる気がする。雪の上を歩けば突き刺さりそうなピンヒールをしげしげと眺めて、セドリックはその事実を指摘した。

「そうね。でも、上級生の女の子達はこれくらいのヒールを履いてるもの」

だからきっと大丈夫。
そんな根拠のない楽観を口にして、レイチェルはさっさとソファに座って靴を履き替えはじめた。艶やかな深い赤のエナメルは、華やかだけれど毒々しいようにも見える。けれどレイチェルはその靴が気に入ったらしく、満足げに微笑んで立ち上がった。

「ね? ほら。ちゃんと履けたもの」

ちょっとぶかぶかだけどと本人も呟いた通り、傾斜によって爪先へと重心がかかった状態では、ただ立っているだけでも踵が余っている。要するに、靴のサイズがまるで合っていない。その様子を冷静に観察して、セドリックは軽く眉根を寄せた。

レイチェル、それ、すぐ脱いだ方がいいよ。そのままだとたぶん転ぶから」
「大丈夫よ!転ばないように気をつけるもの」

セドリックの言葉は善意と心配からだったのだが、レイチェルはムッとした表情で言い返して来た。似合わないと言われた気分になったのかもしれない。まあ、実際似合っているかと言われたら正直あまり似合ってはいなかった。デザイン以前に、サイズが合っていないせいでどうしたって不格好だ。セドリックの言葉に意地になったのか、レイチェルは問題ないことを証明するかのように、くるりとその場で1度ターンしてみせた。確かに一応回れてはいるものの────何となくふらついていて危なっかしい。

「きゃっ……」

そしてやっぱり、バランスを崩した。
夏からのクィディッチの猛練習で培われた反射神経を発揮し、セドリックはレイチェルの体が倒れ込んだ方向へと腕を伸ばした。どうにか間に合ったものの────支えきれずそのまま2人してソファへと倒れ込んでしまった。何だか格好がつかないなとセドリックはちょっと残念なような気持ちになったが、とは言えセドリックが居なければ間違いなくそのまま床へと勢いよく床へぶつかっていただろう。

「……だから転ぶよって言ったじゃないか」

セドリックの予言通になってしまったことが悔しいのか、恥ずかしいのか。もしかしたらその両方かもしれない。セドリックの腕の中で、レイチェルは黙りこんだ。俯いたその表情は見えないけれど、髪の隙間から覗く耳が赤くなっているのがわかる。

「この間、パメラが読んでたマグルのファッション誌で……モデルさんが、こんな風なワインレッドのヒールを履いてて、すごく素敵だったの……それで……試してみたくて……」

セドリックの肩口で、レイチェルがぼそぼそと呟いた。
要するに、憧れたらしい。けれど、まあ────イメージ通りとは行かなかったようだ。話を聞いて、セドリックにも何となくその気持ちはわかる気がした。たぶん、セドリックがこの間チームメイトとウロンスキー・フェイントを真似しようとしたら地面にぶつかりそうになったのと同じだ。理想と現実のギャップに打ちのめされているらしいレイチェルに、セドリックは小さく息を吐いた。

「上級生になったらきっと履けるようになるよ」
「……うん」

ひどく落ち込んだ様子のレイチェルに、セドリックはそんな慰めを口にした。
セドリックにはよくわからないけれど、上級生の女の子達はハイヒールで何でもないように歩いているから、きっとそう言うものなのだろう。もしかしたら、練習しないと上手く履けないものなのかもしれないけれど────それにしたって、こんなサイズの合ってない靴では危険だ。この靴はレイチェルの足にはまだ大きすぎる。

「それに……レイチェルが僕より背が高いのは落ち着かない」
「何それ」

セドリックが思わず呟くと、レイチェルがおかしそうにクスクス笑ってみせた。
この1年でセドリックは随分と身長が伸びたので、入学したときはほとんど変わらなかった身長は今ではセドリックの方が少し高い。しかし、今レイチェルが履いているような高いヒールだと、そんな僅かな身長差は逆転してしまう。レイチェルの方が視線が高いと言うのは、何だか奇妙な気分だった。

「わかったわ。じゃあ、セドのためにもまだもうしばらくヒールは履かない」

そんな風に微笑んでみせて、レイチェルはハイヒールを脱いだ。立ち上がったその頭は、いつも通りセドリックの額の辺りにある。もう少しセドリックの身長が伸びれば────そして筋力がつけば、レイチェルが急に転んだとしても、難なく支えられるようになるのだろうか? 入学したときに比べればかなり背が伸びたけれど、寮チームの中でも、まだ2年生のセドリックは1番小さい。クアッフルを軽々と投げ合う他のチェイサーを見ていると、もう少し腕や肩の力をつけたいと思ってしまう。キャプテンはコントロールは1番正確だと言ってくれるけれど、やっぱり長距離を投げる場面になると不安がある……。
元通り箱の中へと収まった靴は、毒々しいまでに赤く艶々と光沢を放っている。レイチェルにはあんなリンゴみたいな赤よりも、もっと淡い色の方が似合いそうだけどな。そう考えたセドリックの頭に、ふと何かがよぎった。そうだ、リンゴ────。

「忘れてた。お茶にしようって、呼びに来たんだった。母さんがアップルパイを焼いたんだ」
「本当? 大変だわ。すぐ行かなくちゃ、せっかくのおばさんのパイが冷めちゃう。待って、今コートとってくるから!」

焼きたてが1番おいしいもの、なんて笑うその顔を見たところ、すっかりさっきの失敗のことは忘れたらしい。
見慣れたぺたんこの靴に履き替えたレイチェルが、目をキラキラさせてセドリックを急かす。機嫌が直ってよかったとちょっとホッとして、セドリックものその後を追った。


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